伏見醸友会 100年の歩み - 「米」を育てる

伏見醸友会 100年の歩み

「米」を育てる

京の酒米「祝」復活物語

京都独自の酒造好適米「祝」は昭和6年に京都府立農事試験丹後分場(現京都府丹後農業研究所)で誕生。
良質の酒米として高い評価を得ていたが戦争の影響や、穂丈が高く倒れやすい性質が機械化に適さなかったため、昭和40年代以降、栽培が途絶えました。
昭和60年代に入りグルメ志向や吟醸酒ブームが高まる中、「京都の米で京都独自の酒を造りたい」という気運が高まり、醸造家たちが「祝」に注目しました。 その後、行政・酒造メーカー・生産者と共に復活に取り組み、平成4年から再び栽培が開始されることになりました。
現在では府内約140戸の契約農家が年間300tを目標に栽培され、府内約23の蔵元が「祝」を使った酒造りに取り組んでいます。
現在も「祝」へのチャレンジは続いています。

「祝」とコシヒカリの草丈の比較

「祝」とコシヒカリの玄米と精米の比較

「祝」略歴

誕生 明治33年(1900年) 京都府農事試験場(現京都府農林センター)が設立され、稲育種事業を開始する。
大正13年(1924年) 京都府農事試験場丹後分場(現京都府丹後農業研究所)が設立される。
昭和3年(1928年) 在来種「早生山田穂」を系統分離した在来種「野条穂」が初めて試験される。
昭和6年(1931年) 選抜した有望株を「祝」とし、現地適性試験が府内6か所で開始される。
昭和8年(1933年) 初めて京都府奨励品種に指定される。
昭和11年(1936年) 作付面積646ヘクタールを記録する。
昭和21年(1946年) 食用米増産のため、京都府奨励品種から除外される。
昭和30年(1955年) 食用米増産の目処がついたことから、改善された新系統を選抜し、再び京都府奨励品種に指定される。
衰退 昭和48年(1973年) 生産数量減少のため、京都府奨励品種から除外される。
昭和49年(1974年) 長い草丈のため機械化に適さなかったことなどから生産が途絶える。
「祝」の種子が京都府農業総合研究所(現京都府農林センター)で保管される。
復活 昭和63年(1988年) 酒米地産育成事業で「祝」の復活をめざし、京都府農業総合研究所(現京都府農林センター)で栽培試験を開始する。
平成2年(1990年) 長稈で倒伏しやすい点を改善するため、選抜された系統で、現地適性試験が府内で開始される。
平成4年(1992年) 生産が復活するとともに、三たび京都府奨励品種に指定される。
平成6年(1994年) 平安建都1200年記念事業において「祝」で造った記念の日本酒が発売され、各地から賞賛を集める。
平成20年(2008年) 全国新酒鑑評会において、齊藤酒造が「祝」で造り初めて金賞を受賞する。

「京の輝き」誕生物語

 京都府内の酒造メーカーでは、麹米に京都独自の酒米「祝」を使用した清酒を製造していますが、原料米の約70%を占める掛米には、京都独自の品種が存在せず、「日本晴」、「祭り晴」等の一般主食用品種を使用しています。 そこで、新たな京都ブランド清酒の展開を志向する酒造メーカーや需要に応じた米づくりを目指す農業団体からは、「日本晴」、「祭り晴」よりも栽培適性や酒造適性が高く、地域ブランドとなり得る京都府独自の掛米用品種の育成とその安定供給体制の早期確立が強く要望されていました。  平成15年より育成を開始し、開発された「京の輝き」の稈長および穂長は「日本晴」よりやや短く、穂数は「日本晴」よりも多くなっています。 耐倒伏性は「日本晴」 とほぼ同じ“やや強”で、収量は「日本晴」と比較して1割ほど多くなっています。 この新開発された京都独自の「京の輝き」のお酒は、一般主食用品種のお酒に比べ香りが高く、まろやかな味わいとなります。

左:「京の輝き」(収8203A) 右:「日本晴」

「京の輝き」略歴

平成15年(2003年) 中央農業総合研究センター・北陸研究センターが
酒造用掛米品種として多収、大粒、低タンパク質含有率の特性を有する米の開発を開始。
平成21年(2009年) 京都府農林センターが北陸研究センターとの共同研究を開始。
この時「京の輝き」(当時呼び名:収8203)が他の7系統とともに選抜される。
平成23年(2011年) 酒造適性試験・大量醸造試験等により、(収8203)を選抜。
関係機関から品種名を公募し、「京の輝き」に名称を決定される。
平成24年(2012年) 品種登録(農林水産省)
平成25年(2013年) 京都府奨励品種に採用される。

「京の輝き」の草姿

「京の輝き」の籾および玄米

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